憧れ。この言葉が一番似合うのはこのGジャンだと思う。

僕の活動に最も大きな影響を与えたのは557であることは、色んな場所で話している。
それなのに、なぜ最初のGジャンが557型ではないのか。
その答えこそが、この憧れだった。

506XXは戦争を跨いで作られている。
これ以上ない程に、過渡して作られている。

僕は過渡していく様子がとにかく好きだ。FUKUBORIとして最初に作るGジャンは、やっぱりType1であるべきだと思う。

 

原型について

前述した通り、過渡していく物なので506XXと一言には収まらない。今回サンプリングさせてもらったのは、戦後すぐの後期型。

そもそも戦前と戦中のヴィンテージを納得いくまで掘り切れていないというのは大きな理由の一つだが、加えて、「完成した時代」を採用したかったということもある。

何を選び、何を捨てたか

サンプリングしていく中で、まずシルエットは少し変更している。
もちろん編集の範囲内で。
具体的には着丈を1.5センチ、袖付けにあたりアームホールと袖山のカーブを少しだけ触ることにした。

ヴィンテージは着丈が短い。
それこそがらしさでもあるのだけれど、あまりにも着づらいことは望まない。
506XXはT字に袖が付いていると言われたりするが、それは大袈裟な表現だと僕は思っている。
そこへの少しの抵抗のつもりで、袖を少し前に振るような調整をした。
ヴィンテージはねじれるので左右の袖の見え方も変わることだし、それくらいの遊び心は入れてもバチは当たらないだろうって。

仕様については、「やり切る」という覚悟で取り組んでいる。非効率と言われようと、不可能だと僕が納得できない限りはやる。
ポケット、フラップ一筆縫い、衿のつけ方など、今回は納得いくところまで辿り着くことができた。

生地について

生地については、当時を再現することは考えていない。イメージが近いものを選ぶことは多いが、あくまでも概要の部分。

今回採用しているのは、タテ・ヨコ八番糸という、同じ番手で織られた珍しい生地。


デニムは通常、タテ・ヨコのムラや凹凸を出すために糸の番手(太さ)を変えることが多い。

FUKUBORIは生地の裏にプリントをする。
内側を覗く楽しみを啓蒙している。

裏も表で表も表。

そんな思想があるから、タテ・ヨコ同じ生地と出会った瞬間に採用がしたいと思った。

表が裏で裏が表。ではなく、
裏が表で表も表。

タテ・ヨコ同じだとデニムにしては綺麗すぎない?という表情になりがちなのだが、この生地は糸のムラによってそこもクリアしている。

完成した佇まい

ビンテージの匂いを潜ませた、完全な現在の服だと感じた。ヴィンテージに思いを馳せ探求し、現在の物づくりの現場に居る僕たちが作る服。生成りの持つ、構造を隠さず映し出す力も相まって、これこそがFUKUBORIなのだ。そう自負したいと思えている。

キナリだけど、どんどん着て気にせず汚して欲しい。キナリだけどデニムだからね。

って言っても、汚れは目立つから気を付けて。それでも刻まれるものは自分の痕跡だと、楽しんで欲しいと思う。

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