今回掘るのは、フランスを代表するワークウェアブランド Adolphe Lafont のブラックモールスキンジャケットです。

会社のルーツは1844年、フランス繊維産業の中心地リヨンに遡ります。行商人だったLouis Lafontが、絹織物産業で栄えていたリヨンに目をつけて織物店を構えたのが始まり。孫のAdolpheが1896年に「largeot(ラルジョ)」— 胸当て付きの高腰ワークパンツに、計測メーターポケットやハンマー用背バンド、時計ポケットを加えた改良版 — を特許取得し、フランス初のワークウェアブランドとして商標登録しています。米国の合理的で平面的な大量生産とは対照的に、フランスのテーラリング感覚をワークウェアに持ち込んだパイオニアです。

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今回の個体は、ブラックのモールスキン(高密度綿朱子織)を用いた、所謂「Bleu de Travail」の黒バージョン。SANFOR(防縮加工) 入りの刺繍タグが付いており、Sanforize工程は1930年にアメリカで特許取得された技術なので、戦後のフランス製造業が近代化工程を受け入れ始めた頃の個体と思われます。具体的な年代は断言しづらいですが、職人品質と量産技術が交差する過渡期の一着であることは間違いありません。

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モールスキン自体はもともと英国で19世紀に製鉄業者向けに作られた、密度の高いコットンキャンバスです。フランスでは20世紀初頭、職業ごとに色が違うワークウェアの文化が育ち、大工=黒、ペインター=白、機械工=ブルー、と色分けされていたらしいです。このジャケットの「ブルー」も、その伝統の延長線上にある色ですね。

というわけで、今回はこの一着を解体しながら、フランスワークの「手作業と機械化の境目」を掘っていきます。

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衿付け — ラッパ+本縫いの"つなぎ"

衿付けは、折り伏せ縫いで処理されています。これはモールスキンのような高密度かつ厚みのある生地で、断ち端をきれいに収めつつ、厚みを分散させる為の選択だと思われます。

見返しのステッチや衿付けの走り方をじっくり観察してみたのですが、USワークでよく見る「一筆縫い」的な効率重視の処理は見当たらなかった。ですが、前端に向かうステッチが折り伏せ部分のステッチと重なるように走っていたり、前立てがラッパ(定規)を用いて縫われていたりと、量産の工夫もちゃんと散りばめられているんです。

特に心くすぐられるのは、前立ての始末。ラッパを通したチェーンステッチは、構造上カーブを描けません。だから前端上の数センチと衿付け止まりに向かう入り組んだ部分は、あとから本縫いで縫い重ねて押さえる工程が入っている。

機械に任せられるところまで機械、そこから先は人の手。 この切り替えが一着の中に共存しているのが、いかにもワークらしくて堪らない。

それから、モールスキンの密度ゆえにステッチ周辺に激しいパッカリング(縫い縮み)が出ている点も、この服らしさのひとつ。これは「欠点」ではなく「特徴」として楽しむ部分だと思います。


ポケット — 見えない縫い代をなぜ切り落とすのか

ポケット口には、見返しが表側に付くように当て布が乗っています。これはポケット口を補強しつつ、数センチの巾を取ることで生地の重なりを分散させ、局所的な厚みの偏りを避けるための工夫かなと。

面白いのはここからで、実際に解いてみると、この当て布と重なる部分のポケット本体側の縫い代がカットされている ことが分かりました。


高密度な生地ゆえの厚み対策であることは間違いないのだけれど、見えない部分の縫い代をわざわざカットする手間を惜しまないというのは、効率化を最優先するUSワークでは珍しいように思うんです。
お国柄がと言いたい所なんですが、
「見えないところほど手を抜かない」というより、「厚みをコントロールしないと可縫製が成立しない」という職人判断。つまり、見た目の美意識ではなく、構造的な必然。そういう「効率の中にある知恵」を読み取れるのが、解体の醍醐味ですよね。


ステッチワーク — 丸く逃げるミシン、1秒を惜しむ手元

ポケット周囲を走るダブルステッチの入り方に、実用本位の「ワークらしさ」が出ています。

注目してほしいのは、ポケット底の角部分。ステッチは直角ではなく、緩やかな丸いカーブ を描いているんです。これは、角で一度停止して方向転換する手間を省き、可能な限りミシンを止めずにノンストップで走らせようとした、当時の縫製工のスピード意識の表れだと思います。

1着あたり数秒の短縮でも、年間数万着を縫えば膨大な時間差になる。フランスの職人仕事というと「丁寧で遅い」というイメージがありますが、こういうディテールを見ると、量産の現場では米国とさほど変わらない効率思考が働いていた ことがよく分かります。


袖明き — 巻き縫いから三つ折りへ、曖昧な移行点

カフス付けは、裏側から地縫いして、表側からステッチで叩いて閉じるスタイル。これはヴィンテージGジャンでも見られる、強度と見た目を両立させる仕様です。

ここで個人的に重要だと思っているのが、「表と裏、どちらから地縫いをスタートするのか」 という点。ミシンの上糸と下糸の調子は異なるので、どちらを表面にするかでステッチの見え方が変わる。服の表情を決める大事なポイントなんですよね。

余談ですが、現在の日本のモノづくりにおいても、この「表地縫い」と「裏地縫い」のどちらを一般的とするかは、生産地域(産地)によって違うらしい。そんな地域性が残っているのも、縫製の面白いところです。

それから、袖の明き部分は三つ折り始末になっているのですが、袖下の 「巻き縫い」から「三つ折り」への変換点が非常に曖昧 なんです。全体像の分解画像を見てもらえれば分かりますが、巻き縫いがそのまま三つ折りへと繋がっている。

型紙の段階でどう切り替え点を設計しているのか、解体していても正直よく分からなかった。たぶん、職人の経験で「いい感じのところで切り替えている」んじゃないかと。図面で管理しきれない部分を、現場の手感覚で消化していた時代の名残だと思います。

 

全体 — 偶然の歪みが生む、裾に向かうライン

最後に、後中心の話を少し。

解体する前、後中心は少しカーブしていると思って見ていました。しかし、いざ解体してパーツを平面に戻してみると、そのラインは 「直線」 だったと判断しています。

では、なぜカーブに見えたのか。

モールスキン特有の激しいパッカリングによる視覚効果に加えて、縫製時に職人の手元が揺れて縫い代の巾が均一でなく蛇行した結果、そう見えている可能性が高い。

ここで一つの疑問が生まれます。

仮にそれが縫製のミスやブレであり、背中の縫い代の均一性が失われたことで偶然「裾に向かってシェイプされるライン」になっていたのだとしても、今私たちが美しいと感じて着ているその状態こそが「正解」とするならば、元の設計図がどうであったかは、ひょっとすると重要ではないのかもしれない。

意図せぬ歪みが、意図を超えた美しさを生む。

そんな「偶然」も含めて、今に繋がる当時の人の物づくりに想いを馳せること。服を掘る意味は、そのあたりにあるような気がしています。


もう少し詳しい解体写真・パターン分析は書籍『服ヲ掘ル vol.5』をご覧ください。
(2026年4月末発売予定)

※本記事は一着の個体に対する観察です。年代・仕様には個体差がある可能性を前提にお読みください。

というわけで、今回も楽しかった!!

Adolphe Lafont Moleskin Jacket これにて。