PAY DAY Coverall 1950s

1920年代初頭、J.C.Penneyのワークウェア専用プライベートブランドとして産声を上げた「PAY DAY」。50年代のJ.C.Penneyは全米1,600店舗以上を展開する小売の巨人で、カタログ通販ではなく「店頭販売」を主軸に、農場から鉄鋼工場まであらゆる労働現場へ均一な品質の服を届けていました。自社工場は持たず、当時の大手メーカーにOEM生産を委託していたようです。
今回掘るのは、そのPAY DAYのカバーオール。1950年代のものと思われる個体です。

解体してみて最初に感じるのは、「丁寧さ」よりも「理由」の多さです。どのディテールにも、なぜそうなったかの文脈が見える。服を作った誰かの、当時の判断が聞こえてくる気がします。
ズレたボタンと、2way設計の核心

1番目のボタン位置が、脇側に向かって明らかにズレています。
最初は設計ミスかと思い込んでいました。でも、よく見るとそうじゃないんですよ。
一番上のボタンホールだけ、表裏が逆に作られているのです。ここから仮説が立ちます。この服の基本形は「開襟(オープンカラー)」として設計されていた。普段は第一ボタンを外し、胸元を開けて着る。これが標準の着用法、というわけです。
だが、荒天時には首元まで閉じることができる。2way設計。
そしてここが核心なのですが、第一ボタンを閉じると、脇側にズレたボタン位置に引っ張られて、前身頃は斜め上方へと入り込む軌道を描きます。通常のボタン位置のままだと、そこへの距離が足りず、生地に「ゆがみ」が出てしまう。

そこで注目したいのが、第二ボタン下にある斜めのボタンホールです。
懐中時計のチェーン用、というのがよく言われる解釈。それも否定はしません。
だが今回は別の説を唱えたい。
このホールは、2way仕様における「距離不足によるゆがみ」を避けるためのアジャスト穴ではないかと。斜めにカッティングされている理由も、第一ボタンを閉じたことで斜めに入り込んでくる前身頃の角度に対し、ボタンを垂直に迎え入れるための設計だと考えると、すべての辻褄が合う気がしています。
どっちでしょうね。
裁ち切りが語ること
解体してみると、内側が裁ち切りのままになっている箇所がいくつかあります。ポケット内側の当て布の端、二つ折りでステッチ押さえされている箇所、そのあたりです。
ヴィンテージにおいて裁ち切りの使用は、決して珍しいことではない。だがここで確認すべきは、「ロックがある中での裁ち切り」なのか、「ロックが一切存在しない中での裁ち切り」なのか、という点です。
この個体は後者です。全体を通してオーバーロックによる端処理がない。
「ロックがある中での裁ち切り」であれば、コスト削減や仕様上の割り切りと読めます。でも「ロックが全くない中での裁ち切り」は、そもそも端処理という工程自体がこの服の設計思想に存在しなかった、ということになります。巻き縫いで包んでしまえば裁ち端は内部に隠れる。見えない部分にコストはかけない。これは合理の徹底です。
赤い閂止めは、セールスだ

閂止めが、赤い。
本来、ワークウェアにおいて糸の色を変えるという行為は「非効率」の極みです。ミシンの糸を架け替える手間が発生するから。それにもかかわらず、この個体はあえて赤い配色の閂止めを採用しています。
これは効率や強度の問題ではなく、セールス(販売戦略)の要素なんですよ。
店頭で山積みにされたデニムの中で、ひと目で「PAY DAY」だと認識させるためのアイコン。コストをかけてでも目立たせる必要があった、当時の激しい競争背景が透けて見えます。
Levi'sのオレンジステッチ、PAY DAYの赤い閂止め。陳列台の前で選択を迫られる客へのダイレクトなメッセージです。
ダブルステッチが「飛ぶ」理由と、ペン差しの2つの仮説

ダブルステッチの角で、ステッチが飛ぶ。
これは当時の2本針ミシンを使って縫製されている証拠です。「1本針で2回縫う」のか、「2本針で1回(同時に)縫う」のか。強度という結果だけ見れば大差ない。でも、この個体の物づくりを想像するにあたって、これは分かりやすい分岐点になります。
2本針ミシンは、2本の針の間隔が固定されています。そのため、角を曲がる際に外側の針が曲がりきっても、内側の針はまだ直進しようとする「物理的な時間差」が生じる。ここで一気に方向を変えると、内側のステッチは角を無視して斜めにショートカットするように飛び出すんです。これが「ダブルステッチの角の飛び」の正体です。
さらに、ペン差しの入り口が不自然に斜めに折り込まれています。

これについて、2つの仮説があります。
1つは使い手への配慮。斜めに折ることで入り口が広がり、ペンを滑り込ませやすくする「ガイド」としての機能。
もう1つは作り手(工場)への配慮。何もない平面にステッチを走らせる際、どこで止めるか、どこから始めるかには「印」が必要です。そこで生地を斜めに折り、その「角」を視覚的な目印にしたのではないか。ミシンを走らせる際の標識として機能させた、という読みです。
ペンを導くための斜角か、ミシンの針を導くための標識か。どちらにせよ、効率化の波の中でなお人の意思が宿っているんですよね。こういうところにグッときます。
見えない耳と、巻き縫いの論理

後中心は巻き縫いで処理されています。殆どの縫い合わせ箇所も同様です。
解体してみると、巻き縫いの中に「生地の耳」が隠れていました。
「耳を見せる」というデザインの発想は当時から存在していました。同時代のLevi's 501がそれを教えてくれます。では、なぜPAY DAYはあえて耳を隠す巻き縫いにしたのか。思考を巡らせると、4つの理由が浮かびます。
1. 素材の統一性: 1953年のサルザー織機(革新織機)登場以降、旧来のシングル幅(耳付き)と新型のダブル幅(耳なし)が工場内で混在していました。どちらの生地が来ても同じ仕様で縫えるよう、構造を統一したかったのだと思います。
2. アイロン工程の省略: 耳を使って縫い代を「割る」にはアイロン工程が必要になります。対して巻き縫いは、アタッチメントが自動的に生地を畳むためアイロン不要。ワークウェアの生産ラインにおいて、アイロンという足踏みは許されないわけです。
3. 型紙配置の自由度: コストを抑えるためにパズルのように型紙を配置する際、「耳を使う」という制約は邪魔になります。耳を気にせず裁断した結果、たまたま端に配置された個体だけに耳が混入した。
4. 強度への配慮: 「割り」の仕様はどうしても強度が落ちます。Levi's 501においてさえ、脇の地縫いには太い番手を使ったり、チェーンステッチを用いたりと、強度を保つための工夫をしているほどですから。

この個体のステッチ幅を計測すると、約0.72cm。インチ換算で「9/32 inch」。これは当時のUnion Special社製ミシンにおける代表的な規格の一つです。
Union Special 35800 — Feed Off the Arm式のフェリングマシン。重厚なデニムの巻き縫いを連続で飛ばすために作られた機械だ。その機械が唸りを上げている光景が浮かんでくる。
袖口の2ボタン — 小さな発見
袖口のボタンが二つ、袖口のラインから平行に付けられています。

内側のボタンで閉じると、袖の明きどまりからの距離が変わり、内側に向かって生地が膨らみながら巻き込まれます。袖口の狭さに加えて、この内側に入る構造が風の侵入を防いでいるんですよ。

意図的なのかも。とちょっと大げさに考えてみるんですが、直線距離を揃えて内側のボタンの位置を調整する手間を考えると、やっぱり考え過ぎかもしれません。
もう一つ。見返しの切り替えが、表の切り替えからずらした位置にあります。いわゆる「ゴロつき」を回避し、縫製時の針折れを防ぐための配慮です。こういう、見えない部分の気遣いに気づくと嬉しくなりますよね。
ボタンにはPAYDAYのロゴが刻まれており、表面はフラットではなくドーム状。外してみると2本脚タイプでした。
衿を一筆書きで縫う

衿付けの工程に、驚くべき手順の工夫が凝らされています。
衿の地縫いから、その後のステッチに至るまで、一度も糸を切ることなく一筆書きで繋げて縫製されているんです。
Gジャンのヴィンテージなどでもこういう仕様は散見されます。当時のUSワークウェアにおいては一種の「常識」だったのかもしれません。その証拠に、縫い重ねが、目立つはずの衿の前端側で行われている。

現代のドレスシャツの基準で「美しいか?」と問われれば、決してそうではありません。
だが、この荒々しさは、特殊な視点において「良さ」へと転換されます。それは単に「昔のアメリカ製だから」という盲目的な許容ではないんですよ。過去であれ現在であれ、そこに明確な意図と理由が存在するからこそ、許される仕様なのだと思います。
自動糸切り機能もなかった時代、重いミシンを一度止めてハサミを入れるロスを考えれば、踏み続けて強引に回す方が早かった。効率化の正解は、時代や環境、そして工場の設備によって全く異なる顔を見せるんですよね。
この衿元のステッチは、その時代にしか存在し得なかった瞬間の最適解だと思います。
時代背景 — 1950年代のワークウェア競争
1950年代のアメリカは、戦後の経済復興と消費拡大の真っ只中でした。J.C.Penneyのような大手小売チェーンは全米に店舗網を拡大し、量産ワークウェアの需要も右肩上がりだった時代です。
プライベートブランドが乱立する中で各社が取った戦略が「目で見てわかる差別化」。Levi'sのオレンジステッチ、PAY DAYの赤い閂止め。店頭でパッと見ただけで認識できる視覚的アイコンは、陳列台の前で選択を迫られる客へのダイレクトなメッセージだったわけです。
まとめ — 直線の中に宿る合理

解体しての率直な感想は、ワークならではの後ろの運動量はある程度確保しつつも、ラグランなのに、袖付けが案外下に向かって付いてるんだなということ。
ラグランは可動性を上げると言われがちですが、万人に合うように肩先を曖昧にすることの方が目的である場合もあるんじゃないかと。勝手ながら、そう思いました。
解体したパーツを平面に並べてみると、見えてくることがあります。身頃の脇のラインが、定規で引いたように徹底して「直線」なんです。
人間の体にはくびれや厚みの強弱があるが、この服はそれを無視している。
下に向かって付いたラグラン袖と、直線的なボックスシルエット。この二つが示すのは、設計思想が「体を美しく見せる」ことではなく、「どんな体型の人間でも、とりあえず中に入れてしまう」という、パッケージングに近い発想だということです。
着た時には当然「違和感」を感じることになる。だが、当時の物づくりに感じる違和感に「物づくりが雑だった」という回答は殆ど存在しないと思うんですよ。
その不愛想な直線の構成の中にこそ、彼らが何を優先し、何を捨てたのかという「合理的な選択」が詰まっています。
というわけで、今回も楽しかった!!
PAY DAY Coverall 1950s これにて。
