JNR PANTS

前項のJACKETと対をなす、日本国有鉄道(JNR)の作業用パンツ、通称「ナッパ服」。上半身が "鉄道を動かすためのギア" だとしたら、この下半身は何だったのか。
掘ってみると、上着以上に「日本独自の設計思想」が濃く出ていました。革ベルトを使わず、共地の紐でウエストを止める仕様。これは旧日本軍の軍袴(ぐんこ)にも見られたディテールで、革やバックルといった金物が貴重だった時代の名残でもあり、同時に「あらゆる体型に合わせる」和装の知恵そのものでもある。物資の都合と、文化の都合が、同じ一本の紐の中に同居している。
そしてもう一つ。右前にはJACKETと同じく「ウォッチポケット」が配されています。定時運行への執念が、上半身だけでなく下半身にまで徹底されていた。まさに全身が、鉄道というシステムの中に組み込まれた一個の部品として設計されている。
今回もまた、解体するほど深掘りしたくなる一着でした。
ボタンを表に出さない理由 — 前明きの逆配置

まず驚いたのは、フロントの仕様だ。
通常パンツのフロントといえば、上前にボタンホール、下前(持ち出し側)にボタンというのが定石。ところがこのパンツは、その常識を完全に逆にしている。持ち出し側にボタンホールが開けられ、逆に上前側の「裏」にボタンが縫い付けられているのです。
なぜわざわざ逆にしたのか。
おそらく、表側にボタンという突起物を一切出さないための工夫なんだと思います。狭く、機材が密集する機関室の中での「引っ掛かり」や、レバーや突起物との接触傷、附属品の脱落を可能な限り防ぎたい。そういう意図が透けて見える。
「ただ隠したいだけなら、一般的な比翼仕立てで上前の内側にホールを作ればいい」と最初は思いました。でも比翼でガッチリ閉じる仕様にすると、今度は着脱がしづらくなる。表に何も出さない、かつスムーズに留めやすい。 その両立を狙った末の発想だと考えると、つい深読みしたくなるディテールです。
ちなみに、装備されているポケットは右前のウォッチポケットと、右後ろのフラップ付きパッチポケットのわずか2つ。これは個人的に意外でした。JACKET側に十分な収納を持たせている分、運動量の多いパンツの方には行動を妨げない最低限の収納しか付けていない、という上下の役割分担なのだろうと思います。

ウォッチポケットが上下で揃う必然 — Seiko Type-19を抱える型紙

JACKETの記事でも触れたが、JNRは公式鉄道時計として「セイコー社製 19型(Type-19)」を採用していた。Seikoの公式アーカイブによると、Type-19は1929年4月にリリースされ、同年11月に当時の鉄道省(JNRの前身)が公式採用したモデルです。生産終了は1971年11月。40年以上にわたって日本の鉄道を動かしていた、文字通りの "公式時計" でした。
定時運行を使命とする鉄道員にとって、時計は単なる道具ではない。
身体の一部であり、コンマ数秒の動作さえも削ぎ落とすために、収納先のポケット形状にまで設計が及んでいる。
このパンツのウォッチポケットも、サイズや形は個体差による誤差があるにせよ、底面のカーブや口部分の縫製仕様などは、JACKETのポケットとほぼ同じ設定で作られているように見えます。
上下でセットアップとして支給される際、効率化のために「ポケットの型紙」や「縫製定規」を共有していた可能性は十分に考えられる。
セットで支給されるなら、わざわざ別の型紙を起こすより、同じ型紙を回した方が早い。極めて当たり前の判断だが、それがディテールに残っている事実が、いいんですよね。

後ろポケットの方は、フラップ付きのパッチポケット。ボタンで閉じる仕様で、内部の袋布がしっかり付けられている。
ボタン位置やフラップの収まりに、JACKET側のチェストポケットのフラップと共通する処理が見えます。
コの字で叩く、その手順の妙 — 股当て布が語る縫製順序

クロッチ(股ぐり)の裏側には、長方形の「当て布」が丁寧に付けられている。
これは2つの目的を兼ねた仕様だと思います。一つは、4本の縫い代が集中するこの箇所の "立ち上がり(ゴロつき)" を抑えて肌当たりを良くする目的。もう一つは、運動時に最も裂けやすい股下を物理的に補強する目的。実用と快適性の両立。
ここで深く掘り下げたいのは、その縫い方です。
よく見ると、持ち出し(前立て)側の端にはステッチが見えないんですよ。最初は単にステッチを掛け忘れたのか、と思った。でも違う。これは縫い止付けていないのではなく、最初の「地縫い」の段階で縫い代と一緒に縫い込んでいるんです。その後に布を折り返してから、残りの三辺を「コの字」に叩いている。つまり工程の順序として、地縫い → 折返し → コの字叩き、という手順を踏んでいる。
一見すると見過ごしてしまいそうな、工程の順序に潜む小さな工夫。「服ヲ掘ル」では、こういう部分こそ気になってしまうんです。
ちなみに脇と股は、JACKETと同じくインターロック始末。縫い代幅は1cm。1.0なのか1.2なのか、こういう微差にどうしても反応してしまう自分がいます。職業病ですね。


ベルトループが上端から下がる理由 — 力を逃がす構造強度
ベルトループが、ウエスト上端よりも一段下がった位置に付けられている点に目が留まる。
観察すると、下側は返し縫い(カンヌキに近い運針)で強固に叩きつけられているが、上側は「地縫い」で付けられており、表側にステッチが出ていない。これを単なるデザイン的な処理として片付けることは、一旦止めておこう。

ループは着用時、ベルト(このパンツの場合は紐)によって常に「上方向」への負荷がかかるパーツです。もし上端を表面からステッチで叩きつけていれば、点としては強くなる。しかし最悪の場合、身生地ごと引き裂けてしまうリスクがある。
対して、この「地縫い込み」の仕様であれば、ループ自体が上に向かって付いているため、引っ張り上げる力が縫い代の奥へと逃げ、分散される構造になっているようにも見えるんです。
「厚みによる物理的な強度(点の強度)」と、「力を逃がす構造的な強度(分散の強度)」。そのどちらを取るべきか、当時の設計者がミシンを前に判断した結果だとしたら面白いし、こういうところにグッときてしまいます。
耳付きを、脇には使わない潔さ — 歩留まりと身体の優先順位

ウエストの裏側に配された「見返し」は、カーブのない完全な直線、つまり長方形のパーツになっている。

当然、身頃側のウエストラインとは寸法も形状も合いません。その差寸を埋めるために、タックを寄せて強引に、しかし合理的に調整している様子が見て取れる。
ここで特筆すべきは、この見返しの両端が耳付きであったという事実だ。両端が耳。つまりこのパーツは、当時の原反の生地幅いっぱいでカットされている事が分かる。
画像を見ると、余った分量がタックとして上側にしっかりと畳まれている。一見すると、後からウエストサイズを調整できるようにした「ゆとり」のようにも見える。しかし、もしそうであれば、セットで調整するはずの身頃の後中心の縫い代も太く取られていなければおかしい。だが、この個体の縫い代は均等に1cmでした。
つまり、このタックは機能的なアジャスターではなく、生地幅いっぱいで裁断した結果、余ってしまった生地分を単につまんで処理しただけという、究極の「歩留まり(効率)優先」の結果なのかもしれない。
そしてもう一点、この耳使いが語ること。それは、当時使われていたのが広巾の耳付き生地であった可能性が高い、という事実です。耳付きの広巾。これだけで、当時の生地調達の状況がうっすら見えてきますよね。
紐が上端より低く出る、その理由 — 一日穿いて出た答え
ウエスト紐そのものの組織にも目が止まる。
一見すると編み物(ニット)のようにも見える、非常に特殊な組み方をしている。現代の市場で探せる範囲ではあるが、これと同様の資材は見つけられず、資材屋さんからも「特注で作るしか無い」と返答をもらいました。

そして、この紐の通し口とベルトループが、ウエスト上端よりも低い位置に設定されている点。この意図については、実際にこのパンツを一日穿いて過ごしてみることで、私なりの答えが見えてきました。
紐でアジャストする仕様の場合、動きや姿勢の変化によって、ループで固定されていない部分の紐が徐々に上へとズレ上がってくるんですよ。もし、ループや紐の位置がもっと上端ギリギリに付いていたら、紐がパンツの縁から飛び出し、直接体に食い込んでしまう事態が頻発するでしょう。
あえて位置を下げることで、紐が常に「布の上」に留まるように制御する。つまりこの独特の位置感は、デザイン的な愛嬌などではなく、道具として使い続けるための必然的な帰結だったのだと、実感することが出来ました。
文献でも誰かが説明してくれているわけじゃない。穿いて、動いて、初めて分かる。こういうところに、このパンツが「考え抜かれた道具」である証が残っている気がします。
時代背景:和装の知恵と、戦後の物資
ここで少し、このパンツが生まれた時代背景を覗いておきたいと思います。
JNR(日本国有鉄道)は 1949年から1987年までの38年間、日本の国営鉄道として存在した組織です(出典: Wikipedia "Japanese National Railways")。
1987年の民営化(JR各社への分割)と共に、ナッパ服もまたその役割を終えていきました。本個体の正確な製造年代は断定できませんが、おそらくこの38年間のどこか — 蒸気機関車から電車への移行期にかけて支給されていた一着なのでしょう。
腰紐でウエストを止める仕様についても、ルーツを辿ると面白い。旧日本軍の Type-98 軍袴(ぐんこ) は1938年に制式採用され、腰と足首にドローストリングを備えていた(出典: paratrooper.fr のミリタリーアーカイブ)。革やバックルといった金物が貴重だった時代に、和装的な紐止めが軍服にも転用された。戦後、その仕様が鉄道作業服に流れ込んだ可能性は十分にある — ただしこれは断定できる話ではないので、一説として捉えてもらえればと思います。
そして冒頭でも触れた「Seiko Type-19」。Seikoの公式アーカイブによると、1929年4月にリリースされ、同年11月に鉄道省(JNRの前身)が公式採用。これは国産時計が日本の官公庁に正式採用された初めてのケースであり、それまではWaltham、Elgin、Omega、Zenithといった輸入時計に頼っていました。1971年11月に生産終了するまで、約40年間にわたり日本の鉄道を動かしていた。このパンツのウォッチポケットは、その時計のために最適化された "受け皿" として設計されている。
技術と物資と文化が、ひとつのパンツの中で混じり合っている。
道具としての服

解体したパーツを並べてみると、脇線は直線ではなく、緩やかなカーブを描いていることが見て取れる。
ヴィンテージデニムの文脈であれば、脇を直線にして耳を使い、生産効率と生地の無駄を省くのが定石です。しかしこのパンツは、耳付きの生地でありながら、脇には耳を使わず、カーブを描く裁断(ロック始末)を選択している。
「耳を使うこと」よりも「身体に沿うシルエット」を優先した結果なのですが、その潔い割り切りが良い。
…いや、あえて耳を使わないことに意味を見出そうとするのは、普段から耳付きデニムという記号に関わり過ぎている、私の職業病ゆえのバイアスなのかもしれません。
ボタンの逆配置。型紙の上下共有。コの字で叩く工程順。地縫い込みのループ。耳付きでも脇には使わない判断。紐の位置の必然。
ひとつひとつのディテールが、作り手の判断と、現場で穿く者の身体感覚と、当時の物資事情とを反映している。デザインのために選んだものではなく、「動かなければならない理由」がある選択ばかり。
このパンツは、装飾品ではなく、確かに「道具」だった。鉄道というシステムが滞らないために、人間の動きを妨げないために、設計されている。
その思想に触れられただけで、今回も楽しかった!!
※ 本記事は一着の個体に基づく観察であり、年代や仕様には個体差があります。また、時代背景の一部については記録の限界もあり、推測を含む箇所は「一説では」として明記しています
JNR PANTS これにて。
