作品ではなく、製品を
作品ではなく、製品が作りたかった。
現在のFUKUBORIには、ふたつのラインがあります。FUKUBORI Archiveと、FUKUBORI。
なぜふたつなのか。その経緯を、一度だけ書いておきます。
元型のままで始まった
これまでFUKUBORIが出してきた服は、出来るだけそのままである事を大事にしてきました。
ヴィンテージを掘り、解体し、構造を読む。読み取ったものを、読み取ったままの姿で起こす。色を足さない。仕様も変えない。掘り当てた構造への、それが誠実さだと思っていたからです。
何シーズンか、そうやって服を出してきました。
作りたいのは、作品ではなく製品
僕が作り意味を問うている時、
「君は一番になりたい人なんだね」そう言われて理解した。
唯一無二でありたいというエゴイズムなんだと。
その思いとビジネスを両立させる事は本当に難しく、
今の僕にいきなり成せることでは無いと学んだ。
そして、
僕が作りたいのは、作品ではなく製品だということをきちんと自覚した。
色があって、手が届いて、生活の中で機能する──そういう服を求める声は確かにあって、
それも受け入れて製品と、ブランドと向き合っていきたい。
構造を消さず、翻訳する
だから、翻訳することにしました。
構造は消さない。
編集は、現代に翻訳するためにのみ行う。それがFUKUBORIです。
では、Archiveは作品なのか。
違います。あれは探求です。
構造を可能な限り原型のまま残すことには、研究としての意味がある。
生成りだけで構成するのも、身頃裏に格子を刷るのも、そこに宿るのは表現ではなく、パタンナーの矜持です。
研究が掘り、製品が翻訳する
研究が掘り、製品が翻訳する。どちらが上でもなく、どちらが先でもなく、ふたつでひとつの循環をなしています。
翻訳の途中で見つかった問いは、また次の探求へ還っていく。
作品ではなく、製品を。研究を止めずに、製品を。
そのための、ふたつのラインです。
ふたつのラインの定義は、BRAND PHILOSOPHYに記しています。
掘り続けます。