どう再解釈するのか
RE DENIM 開発記録 #02
前回、捻じれは最後まで計算の外にいたと書きました。
では、それを扱う側に回るとどうなるのか。その話をする前に、この一本がどうやって決まったのかを書いておきたいと思います。
インディゴは作らない、という前提から始まった
はじまりは製品ではなく、生地でした。
一年前。服ヲ掘ルの活動で、もう一歩踏み込んだ探求がしたいと考えていた頃です。
「経糸から生地を一緒に作りませんか?」
そんな話が舞い込んできました。渡りに船です。二つ返事で承諾しました。
当時の僕は、FUKUBORI に限らず、インディゴデニムで製品を作るつもりが一切ありませんでした。
FUKUBORI は生成りだけで勝負したいと考えていたからです。
FUKUBORI 以外で、というのも考えませんでした。
リプロに近いデニムを作るのなら、どのレプリカ系ブランドよりも優れた物が作れるとは思えなかった。
だから生地のリスクは全て相手持ち。僕は解体した現物を解析用に渡すだけ。
追加のリスクはなし、研究の内容は共有してもらう。そういう話になっていました。
どうせなら、デッドストックから解体した物が解析に相応しい。
加えて、一番好きな年代である BIG E を解析してもらう事になりました。
今回の取り組みにあたってもう一つの要因があります。
FUKUBORI を2ラインに分けました。
FUKUBORI Archive 原型に可能な限り忠実
構造と思想を、そのまま着る。
- 全ては生成り色のみで構成される。
- 身頃裏には格子のプリントを施す。
- 破壊と探求の元に作り出される。
FUKUBORI 現代へ翻訳
繋がりを今の形へ編集する。
- 元ネタの構造を消す変更はしない。
- 編集は、現代に翻訳するためにのみ行う。
- Archive の探求と、ひとつの循環をなす。
純度を守る場所と、現代に翻訳する場所を、別々に持つ。
Archive は生成りのまま。FUKUBORI は色を持てます。
その整理がついたのと、生地が上がってきたのが、ほとんど同じ時期でした。
偶然だと思います。ただ、この偶然がなければ、次の電話はかけられませんでした。
二つの道
生地を見て、気持ちが高揚しました。
この生地で服を作りたいと強く思いました。
僕はこの開発する生地を買わない。
そう宣言したことが気にかかりながらも、何を作りたいだろうかと思いを巡らせていました。
結果、作りたいものは二つありました。
ひとつは、BIG E に限りなく近づける道です。
経糸からオリジナルで作った生地なのだから、それにふさわしい構造を与える。
構造は限りなく当時に近づけつつ、FUKUBORI として少しの編集を加える。
FUKUBORI Archive に BIG E 型はすでに存在しているので、そのインディゴ版・生機バージョンという表現が近いかもしれません。
この道は他のレプリカブランドに勝てない。そう判断した道でもあります。
でも生地を作っていく中で、その結果を経て今感じている事があります。
「当時と同じものは決して作る事は出来ない」
これによって一つの結論にたどり着きました。
Vintageをサンプリングする物づくりにおいて他の人が作る製品と比べる必要は無い。
優れなくていい。自分なりの選択と解釈で異なれば良い。
そしておのずと、異なってくる。それほどに奥の深い沼であると。
それとは異なるもうひとつは、再解釈の道です。
かつて、ひとつのシリーズに衝撃を受けたことがあります。
リーバイス RED、1st Standard です。
ビンテージジーンズというものが、これほど見事に、再解釈という名目で綿密に再構築できるものか。そう感嘆しました。
そして、あれは一人の作り手の創作であって、真似をするものではない。
それが FUKUBORI としての結論でした。
これは観念的な話ではありません。
一度、実際にやってみて出した結論です。
FUKUBORI Archive において、1st Standard 型は過去に一度だけ生産しています。
ですが、廃盤と位置づけました。
作ってみた結果、RED を主導したリッケ・コルフの強い意志を、デザインそのものに感じたからです。
忠実に作るということが、そのまま一人の作り手の創作を写すことになってしまう。
Archive は廃盤。この事実は今のところ変わりません。
ですが、再解釈という態度にはFUKUBORIとして、応答してみたいとは考えていました。
作り手として、そしてオタクとして。
あれを複製するのではなく、自分に出来る再解釈をやる。
考えれば考えるほど、作りたい気持ちは高まっていきました。
そして最大の問題です。
生地を使わないと宣言してしまった事実を回収しなければ、何も始まりません。
「実はご相談させて頂きたいことがありまして。前提を覆してしまい大変申し訳無いのですが、もしよければ僕もこの生地で製品を作らせてもらえないでしょうか」
僕からの電話に、先方はもちろんですと快諾してくれました。
生地は81mしかなかった
手に入る生地は試験反81m。それだけです。
次に同じ生地を織るなら、約二年後。
いまのセルビッジデニムを取り巻く環境は、それくらいに逼迫しています。
待つという判断もあり得ました。
けれど待っていられない。この衝動を二年後まで先送りには出来ませんでした。
作る前提で考えると、問題が浮かび上がります。
81mで2型は作れません。
セルビッジデニムでパンツを作る場合、一着あたりの使用生地は約2.5m。
81mでも工場さんに頼むには頼りない数量です。
二つに分けるなんて、とても出来る数量ではありません。
王道か、再解釈か。
今回の生産において、選ぶ必要がありました。
「服は構造体である」を掲げる FUKUBORI にとって、生地は変数です。同じ構造でも、生地が変われば別の服になる。
逆に言えば、生地に合わせて作るものを決めるのではありません。
作りたい思いの強い方を、その生地で作る。

僕が選んだのは再解釈でした。
王道は、前提をすべてそのまま持ってくる仕事です。
敬意の表明としては、これ以上ない形かもしれません。
けれど僕は、いつもとは異なる強い制作衝動に駆られていました。
再解釈という RED の土壌を借りて、自分なりの、ゴリゴリのプロダクトアウトをしたい。